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 肝がんの発病を遅らせる新たな治療法として注目
現代に甦った瀉血療法
 虎の門病院消化器科 池田健次 医長

肝炎に対する瀉血療法が大きく注目を浴びている。インターフェロンでウイルスを駆除できなかった肝炎の患者にとって、発がん防止の第4の治療法として登場してきたからだ。週に3回、病院への通院が必要だった強力ネオミノファーゲンCによる治療と比べ、月2回の通院で済む瀉血療法は継続して受けやすいというのが最大の利点だ。しかも肝機能の改善効果が大きいため、しっかりと肝炎の進行が抑えられる。瀉血療法というと、ヒルに血を吸わせて悪い血液を抜く――こんなオドロオドロしいイメージを思い浮かべるかもしれないが、現代医学の治療法として甦ったそれは、献血感覚のごく簡単なものだ。
注:患者会の国への要求は、来年4月の保険適用を目指しています。

C型肝炎から肝がんへの進行を防ぐ第4の療法

 肝臓がんの原因のほとんどはC型肝炎ウイルスだ。B型肝炎ウイルスが11%、その他の原因が6%で、C型肝炎ウイルスが83%を占める。

 肝臓の細胞はC型肝炎ウイルスの感染によって炎症を起こし、そのまま肝臓に巣くうと慢性肝炎となる。慢性肝炎は次第に肝細胞を破壊し、壊れた肝細胞と入れ換わるように線維(支持組織)が増大する。長期にわたる肝細胞の破壊と線維化の積み重ねのうえに肝臓は硬くなり、慢性肝炎から肝硬変に移行する。やがてごつごつとしたしこり(結節)ができ、肝硬変の進行と肝臓がんの発生を招くのである。

 「現在、もっとも基本的な肝臓がんの予防方法は、インターフェロンでC型肝炎ウイルスを駆除する治療法です。ウイルスをすべて消失させ、肝臓がんの発病を抑える根治療法です」と虎の門病院消化器科医長の池田健次医師は指摘する。

 しかしC型肝炎ウイルスは6種類(1a、1b、2a、2b、3、4)の遺伝子タイプに分けられ、そのうちインターフェロンが効きやすいのは2a、2b、3の3つのタイプとわかっている。残念なことに日本人のC型肝炎患者の大半を占める1bタイプは、インターフェロンがもっとも効きにくい。

 「肝炎ウイルスの消火が30%前後の患者にとどまってしまうため、そのほかの患者は次善の策として「肝庇護療法」という対症療法を受けるのが一般的です」(池田医師)

 肝庇護療法は文字通り肝臓をウイルスから庇い、庇護する治療法。すなわち、ウイルスによる肝炎の炎症を抑え、少しでも慢性肝炎から肝硬変、肝がんへの進行を遅らせる対症療法だ。インターフェロンのようにウイルスを駆除する根治療法ではないが、肝炎の進行を遅らせることによって、発がんの可能性をより小さなものにする。

 炎症を抑える肝庇護療法は、肝臓の働きを改善するので「肝機能改善療法」とも言われる。現在、3つの肝庇護療法が普及している。

 「一つはグリチルリチン製剤(商品名「強力ネオミノファーゲンC」)を週3回静脈へ注射する方法です。もう一つはウルソデオキシコール酸(商品名「ウルソ」)を毎日3回服用する方法で、あと一つは少量のインターフェロンを持続投与することでウイルス量を減少させる方法です」(池田医師)

 いずれも治療の方法やその効果、副作用などの点で一長一短を有する。

 強力ネオミノファーゲンCは継続的な注射によって、約8割の患者の肝機能が改善される。しかし、週に3回病院へ行き注射を受けなくてはならないため、患者の負担が重いうえに、注射を中断するとまた肝機能は低下してしまう。

 ウルソは経口の服用薬なので手軽に使用できるが、強力ネオミノファーゲンCよりは効果は低く、肝機能の改善は30%前後にとどまる。

 インターフェロンの少量持続投与はウイルスを減少させる効果は大きいが、全身倦怠感や発熱などのインフルエンザに似た副作用が伴うことが少なくない。

 瀉血療法はそうした従来の肝庇護療法と比べ、働きながら治療を受けやすく、治療効果が高いことに加え、副作用はほとんどないことから大きな期待が寄せられているのである。

仕事をしながらの治療が可能瀉血療法で肝臓の炎症が抑えられた

 構山道夫さん(仮名)がC型肝炎と診断されたのは14年前の1990年、41歳のときだ。医師からウイルスを駆除するためのインターフェロン療法を勧められて受けたものの、ウイルスは消失しなかった。2年後に再びインターフェロン療法に挑んだが、やはりウイルスを駆除できなかったことから、その後は強力ネオミノファーゲンC(以下、強ミノ)の静脈注射とウルソの服用による肝庇護療法を受けてきた。

 しかし、会社のリストラで担当部署の人員が削減され、週3回、強ミノの静脈注射を受けるため病院へ通う時間的余裕がなくなった。仕方ないので経口薬のウルソのみの治療に切り換えたが、案の定、次第に肝機能の低下を招いた。肝がんの発病という悪夢が頭の隅をかすめ、「なんとか肝機能の低下を抑え、肝炎の進行を遅らせなければ…」と思い詰めていた矢先に勧められたのが瀉血療法だった。

 通常、肝機能は血液中のGPT、GOTの2種類のトランスアミナーゼ(酵素の一種)の値によって測られる。GPTは肝細胞の変性や壊死、GOTは肝細胞の異常によって上昇するからだ。最近、GPTはALT、GOTはASTと名称が変更された。

 「ALT、ASTの正常値はいずれも35IU/L以下ですが、肝臓に炎症が起こると肝機能が低下し、100IU/L(単位、以下同)や150、200、ときには250以上に上昇します」(池田医師)

 横山さんの場合もALTが162、ASTが113だった。

 ところが、昨年12月から瀉血療法を始めたところ、しだいにトランスアミナーゼの値は低下していった。2週間後のALTは97、ASTは76は4週間後のそれは72と58に下がった。その後は70前後と55前後で推移しているが、瀉血前と比べるとALTとASTの値は半分以下になり、めざましい肝機能の向上がはかられた。

 「つまり、瀉血によって肝臓の炎症が抑えられ、肝炎の進行を遅らせることに成功したのです」(池田医師)

 長野靖弘さん(仮名)が瀉血療法を受け始めたのは昨年の8月からだった。横山さんと同じようにインターフェロン療法が効かなかったことから、ウルソによる肝機能改善療法を始めた。強ミノの注射を受けたかったが、昼間の忙しい時間帯に週3回も病院へ通院するわけにはいかず断念せざるを得なかった。

 当時、長野さんの、ALTは172、ASTは139で、正常値の4〜5倍に達していた。肝炎の進行は明らかで、不安を募らせていたときに瀉血療法を始めたのである。

 長野さんに対する瀉血療法の成果は劇的だった。始めてから1ヶ月後にトランスアミナーゼの値は半分以下に低下し、ALTが82、ASTが65となった。その後も両者の値は低下し続け、2ヶ月後に40と38を切った。そして、3ヶ月後には34と32となり、正常値範囲まで下がったのである。

 「ALTとへASTが正常値に戻ったのは、ウイルスによる肝炎の炎症がほとんど治まったことを意味します。つまり、肝炎の進行が微々たるもので、慢性肝炎から肝硬変、肝がんへの道が遠のいたということです」(池田医師)

 瀉血療法は対症療法にすぎないが、肝機能の正常化によって、インターフェロンによる根治療法に迫る治療効果が得られるのである。

 現在、瀉血療法で肝機能が正常化する患者は2〜3割にのぼる。残りの7〜8割の患者は肝機能が正常化しないが、それでもほとんどはトランスアミナーゼの値が半分以下に下がる。つまり肝炎の進行を遅らせることはできるから、その治療効果は大きいと言えるだろう。

1. C型慢性肝炎の患者に瀉血を行っているところ。5〜10分で終了する 2. 瀉血は献血と同じように腕の静脈に針を刺し入れ、血液を抜きとる 3. 採血バッグを秤の上に置き、抜きとった血液の量を量りながら瀉血をする 4. 採血バッグに溜まった血液の量は、秤で測定した重さで測定する 5. 採血バッグの中に溜まった、瀉血で抜きとった血液

鉄分が肝臓に蓄積されると肝硬変・肝がんへと進行しやすい

 私たちが健康を維持するには三大栄養素(炭水化物とタンパク質、脂肪)のほかにビタミン、ミネラルなどの微量栄養素を不可欠とするが、C型肝炎の発病によってミネラルの一つである鉄が肝臓に溜まりやすくなる。もともと食べ物に含まれた鉄が十二指腸から吸収されると、まず骨髄で赤血球が造られるときに利用され、赤血球の中のヘモグロビン(血色素)の材料となる。通常、人間の体内には4〜6gの鉄が存在し、そのうち約70%はヘモグロビンの成分だ。残りは肝臓などに蓄積されたり、血液中に流出し尿と一緒に排泄されたりするのだが、肝炎にかかると肝臓に過剰な鉄が蓄積される。

 「肝臓における鉄の過剰な蓄積は、大量の活性酸素の発生をもたらします。活性酸素は肝細胞のタンパク質や脂質、核酸、遺伝子などに障害を与え、同時に肝臓の線維化を促して肝炎の進行を促進します。つまり、肝炎の発病↓肝臓に過剰な鉄の蓄積↓肝炎の進行という悪循環が、慢性肝炎から肝硬変、肝がんへの道に拍車をかけるのですが、その原因となる過剰な鉄を血液と共に抜き、その悪循環を断ち切ろうというのが瀉血療法なのです」(池田医師)

 瀉血によって血液を抜くと赤血球が減り、減少した赤血球(ヘモグロビン)を補うために造血することになる。そのための鉄が骨髄へ集められるのだが、その際、肝臓に過剰に蓄積した鉄が骨髄へ流出する。肝臓の中の鉄の減少と共に活性酸素の発生も減り、肝臓の線維化=肝炎の進行が抑えられるのである。

 「瀉血療法の具体的な方法は、ほぼ献血と同じ手順で行います。血圧計で患者の血圧の異常の有無を確認したうえで、腕の静脈へ針を刺し入れます。静脈へ針が入ると、すぐに血液がカテーテルの中に流入し採血バッグの中に溜まり始めます。採血バッグを腕より下に置くと5〜10分で200〜400ccの血液が自然に排出されて溜まり、それで終了です」(池田医師)

 体内の鉄の量は血液中のヘモグロビンやフェリチン(鉄と結合したタンパク質の一種)の値で示される。正常なヘモグロビン値は、男性が13.0〜16.6g/dl、女性が11.4〜14・66g/dl(単位、以下同)、正常なフェリチン値は男性が16〜194ng/ml、女性が10〜80ng/ml(単位、以下同)だ。瀉血療法ではヘモグロビン値を11以下、あるいはフェリチン値を10以下に抑えていくのが一つの目安だ。

 瀉血療法をスタートさせるときは、まず1回200cc〜400ccの血液を1週間に2回抜く。それを毎週繰り返し抜いていくと、2〜3週間でヘモグロビン値が下がり始める。理論的には1回400ccの瀉血で約0.4gの鉄が体内から除去される。

 「ヘモグロビンの値が11、あるいはフェリチン値が10まで下がったら、体内の鉄量をその前後にとどめる維持療法へ切り換えます。維持療法は1回200〜400ccの瀉血を月に2回行っていきます。以降、通常は月2回の瀉血によってヘモグロビン値を11以下、フェリチン値を10以下で推移させていきます。患者によっては1回の瀉血で数ヶ月間、ヘモグロビン値が上がってこないこともあります」(池田医師)

 ほとんどの患者は瀉血開始後2〜3ヶ月で肝機能が改善し、判で押したようにALTとASTのトランスアミナーゼの値が半分以下になる。そのうち2〜3割の患者が35以下の正常値まで下がるのは先述した通りである。

 副作用は貧血で、1〜2割の患者が瀉血後にフラッとする軽い貧血を招く。しかし、ヘモグロビン値を11前後に保ち、それ以下には下げないので日常生活に支障をきたすような貧血ではない。

 ちなみに、最近は瀉血療法と共に鉄制限食事療法も注目を集めている。鉄分の多い食品の摂取を控え、肝臓への鉄の蓄積を防止しようという新たな食事療法だ。

 鉄分の多い食品としては、アサリやシジミなどの貝類やワカメなどが挙げられる。ほかにほうれん草や切り干し大根、牛肉、黒豆、納豆や豆腐などの大豆製品も比較的多い。

 「シジミやレバーは肝臓によい」という話がよく言われているが、いずれも鉄分が多いから逆効果になりかねない。

 札幌医科大学などでは瀉血療法に鉄制限食事療法を組み合わせた除鉄療法で、肝炎の進行に対して優れた治療成果をあげている。

副作用もなく体にやさしい瀉血療法が保険適用か?

 C胆肝炎は慢性肝炎から肝硬変、肝がんへと至るが、その進行は5段階に分けられ、長い道のりの果てに発がんさせるところに大きな特徴がある。

 ちょうど山登りにたとえるとわかりやすい。1合目が軽度慢性肝炎(F1)で、2合目が中度慢性肝炎(F2)、3合目が重度慢性肝炎(F3)、4合目が肝硬変(F4)、5合目が頂上の肝がんということになる。

 1合目から2合目、2合目から3合目へと次の一段を登るのに平均約10年かかる。1合目の患者が頂上へ至り、肝がんを発病させるのにおよそ40年かかる計算だ。

 現在、日本のC型慢性肝炎の思考は150万〜200万人といわれ、毎年4万人近くの患者が頂上に到達し、肝がんを発病させている。しかし、見方を変えると、そのほかの圧倒的多数の患者は、まだ頂上に達していないのだ。たとえば60歳以上でまだF1(軽度慢性肝炎)の患者にとって、残りの人生で発がんする可能性は非常に小さいから、強度の副作用に耐えてインターフェロンによる根治療法を無理に受ける必要はないという意見もある。個々の患者の年齢や肝炎の進行程度、生活スタイルなどによって、より患者に負担の少ない効果的な治療法を選択するのが大きな流れとなってきた。瀉血療法はそうした時代の要請に応える新たな肝庇護療法と言えるだろう。

 C型慢性肝炎に対する瀉血療法を世界で最初に試みたのは、名古屋大学医学部第3内科の林久男講師(現・北陸大学薬学部教授)と矢野元義助手の研究グループだ。発端は91年に大型電子顕微鏡で慢性肝炎の肝細胞を観察していた林講師が、その肝細胞の中に鉄の過剰な沈着を見出したことにある。

 鉄に細胞毒性のあることは、ヘモクロマトーシス(血色素症、血色素沈着症)という白人に多い遺伝性疾患によって広く知られていた。ヘモクロマトーシスは過剰な鉄が体内に沈着し、肝硬変や糖尿病、心不全などを招く病気だ。林講師は瀉血でヘモクロマトーシスの症状が改善することにヒントを得て、慢性肝炎の患者に対して瀉血を行うようになったのである。

 現在、林講師らが始めた肝炎に対する瀉血療法は、欧米でも広く普及している。インターフェロンでウイルスを駆除できなかった患者の第一選択肢の治療法として認められているからだ。

 日本でも近々、瀉血療法に健康保険が適用され、一気に普及するのではないかと大いに期待されている。

※この稿は、「月刊がん もっといい日」2004年6月号より許可を得て掲載しました。

※瀉血療法が有効かどうかは、患者さんお一人お一人で違います。きちんと主治医に診断を受けて判断することが重要です。

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