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シリーズ 薬害肝炎訴訟 その9
国による全ての肝炎患者の救済を!! 2002年10月、フィブリノゲン等、血液製剤の投与によりC型肝炎に感染させられた薬害肝炎の被害者が、国と製薬企業を相手に東京と大阪の裁判所に損害賠償請求の訴訟を起こしました。その後、福岡、仙台、名古屋でも提訴され、全国規模の裁判として注目されています。現在、全国で72人の原告団となり、4人が実名を公表して裁判を闘っています。東京では6月8日、7月27日に公判がありました。
「薬害肝炎訴訟」第9回裁判開かれる
6月8日の公判は、法廷での弁論手続きと非公開の説明会がありました。この説明会は4月に裁判長と右陪席裁判官が交代したため、裁判所が争点を早く理解したいということで実施されたものです。
この席で原告側は、肝炎の予後の重篤性についての原告の主張は「1964年頃までには輸血後非A非B型肝炎は、高率に遷延・慢性化し将来的には肝硬変に進展することもある重篤な疾患であるとの知見が得られていた」。そして「1979年以降はより明らかになった」「科学的に完全に正確な知見が確立されていなかったとしても、被告側は対策をとれるし、とるべきであった」というものであり、被告の反論が「1989年まで正確な予後はわからないし、C型肝炎の予後に関する一致した意見はなかった」と主張している、と整理して説明しました。また、C型肝炎の病態の特徴、各ステージの重篤性、進行性、難治性、損害について説明しました。
一方、国は、何から何まで原告が主張立証をすべきで、それができないなら原告敗訴だ、というような開き直った主張をし、三菱ウエルファーマは、肝硬変や肝がんの進展率や肝疾患の死亡率はそれほど高いものではない、慢性肝炎の一般症状も重篤とは言えない。治療の進歩により予後は大幅に改善したと、原告の気持ちを逆なでするような説明をしました。
裁判終了後、弁護士会館で報告集会が開催され、原告のアピールや質疑、説明会の報告などがありました。
(支援する会・東京第6号より)「薬害肝炎訴訟」第10回裁判開かれる
7月27日の公判は、開廷時間が午後から午前11時に変更となったため、心配でしたが、傍聴席はほぼ満席となりホッとしました。裁判長から原告、被告双方の準備書面、証拠関係の確認等があり、提訴(平成14年10月)から1年9ケ月が経過したところで、原告側から改めて「薬害肝炎訴訟」の意義、目的、審理のあり方について意見陳述がありましたので、その大要についてご報告します。
まず、本件訴訟は1964年に製造承認されたフィブリノゲン製剤及び1972年以降に相次いで輸入・製造承認された血液凝固第9因子製剤の投与を原因とするC型肝炎感染者の権利回復を目的とし、薬害訴訟の歴史の中で“今度こそ薬害根絶を”との悲願が込められた訴訟であること。
この時期、キノホルム、クロロキン、サリドマイドと3つの大型薬害が社会問題化された60年代半ばに、売血を原料としたフィブリノゲン製剤が承認されたこと。しかも、血清肝炎防止のための献血推進の閣議決定がなされる中の承認でした。70年代後半の時期には、後に薬害エイズ感染の原因となった血液製剤の本格承認が行われ、HCVとHIVの感染を拡大することになる。1977年は、米国で肝炎リスクを理由にフィブリノゲンの承認取消しがなされた年です。
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次は80年代後半です。87年には、薬害エイズの加害責任が社会問題化しはじめたばかりか、ヒト乾燥硬膜によるヤコブ病症例が米国で報告された年ですが、日本ではフィブリノゲンによる肝炎の集団発生を引き起こしています。
国や製薬企業は、「薬害根絶」が叫ばれていた時期にいつも形だけの対応に終始して、新たな薬害を繰り返してきたのです。
1950〜60年代におけるサリドマイド、キノホルム、クロロキンの3大薬害の教訓を正しく生かしていれば、薬害肝炎被害も、そして、薬害エイズ、薬害ヤコブ病も防止できたといえます。“薬害根絶の悲願”が国や製薬企業によって何度となく踏みにじられてきた、と言えます。被告国は、サリドマイド薬害訴訟が提起された1963年以来、実に41年もの間、6つの「薬害訴訟」で被告席にすわり続けているのです。このような中、危険なフィブリノゲン製剤は承認以来約30年間も放置され、肝炎感染被害は約40年もの間、現在進行形で放置され続けています。
この訴訟はサリドマイド、キノホルム、クロロキン、血液製剤、ヒト乾燥硬膜と続いた、これまでの大型薬害訴訟の総決算ともいうべき薬害根絶の使命をももって提訴されています。5地裁の原告たちの切迫した切実な願いは、安心して受けられる治療体制の創設です。
肝がんが悪化して亡くなった原告もいます。経済的負担が重いためにインターフェロン治療を断念しようとしている原告もいます。この訴訟には過去の加害行為の清算だけではなく、進行性被害であるHCV感染の被害の拡大防止と回復が求められています。200万人とも言われている患者・キャリアは、その大半が輸血をはじめとする医原性の感染被害者と推定されながら、いまだに医療支援を受けられずに放置されており、この訴訟の成り行きを注目しています。
この訴訟の争点は明らかです。@肝炎感染の危険性と予見可能性の有無、A肝炎感染予後の重篤性に関する予見可能性の有無、B血液製剤の有効性・有用性の有無、C違法な公権力の行使の有無。以上が被告らの帰責事由に関する争点です。その他にD原告別の個別因果関係論、E本件被害の評価と損害論、が争点です。
そして、これらの争点について多人数の専門家証人の証拠調べがあり、原告側は5地裁において肝炎関係4名、有効性・有用性関係3名の専門家証人を申請しており、すでに証人尋問がすすんでいます。裁判所におかれましては、迅速かつ適切な訴訟指揮に基づいて本件審理にあたられますよう、要望します。
裁判終了後、弁護士会館で報告集会がありましたが、今回はお昼時なのでサンドイッチに飲み物が用意され、テーブルごとに原告の方々を交えて懇談会形式で行われました。
今後の裁判の見通しでは、バーカー証人(アメリカFDAで、フィブリノゲン製剤の承認取消しに関わった方)や日本の肝炎専門家の証拠調べを終了し、来年の春から夏には結審できるようにしたいと報告がありました。大林明先生の証人尋問は9月28日(火)です。開廷時間は未定です。期日が近くなったら当会事務所にお問合わせください。北海道の「肝炎訴訟」は、B型肝炎患者(感染者)5名が、注射針・筒を連続使用していた集団予防接種が感染の原因として、1989年6月に札幌地裁に国家賠償を求めて提訴、すべてのウイルス肝炎患者の救済に道を拓くことをめざした裁判です。
◆札幌地裁判決=2000年3月28日
- 問われたのは厚生省の公衆衛生行政のあり方でした。肝炎ウイルスの感染と、注射針・筒を連続使用した集団予防接種の因果関係が争点となりました。
- 判決は5名の個別因果関係を「高度の可能性の証明がなされているとはいえない」としていずれも棄却しましたが、
- 「集団予防接種が感染原因になったことは否定できない」として感染の可能性を裁判所として初めて認めました。
◆札幌高裁判決=2004年1月16日
- 国の予見可能性=「遅くとも1951年には、注射の針や筒を連続使用した場合、感染の恐れがあると当然に予見できた」
- 個別因果関係=「接種時期と感染時期との間に大枠において因果関係を認め得る事実関係がある」として「原告5人はいずれも集団予防接種で(B型肝炎に)感染したと認められる」
以上のように札幌高裁判決は、集団予防接種の際に、注射針・筒を連続使用したことによって肝炎を蔓延させた国の責任を断罪しました。私たちの上告しないよう求めた要請にもかかわらず、国はこの高裁判決を不服として最高裁に上告しました。
感染経路不明のC型肝炎も針・筒連続使用の集団予防接種が原因の可能性もあります。★この裁判に勝利して、すべてのウイルス肝炎患者の救済を実現しましょう。